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2023年8月24日木曜日

浜崎あゆみは元キッズモデルで、アイドル、女優だった…

■2021/12/10 好みど真ん中なEeL、中田ヤスタカのCAPSULEと混じる…
■2022/08/07 中田ヤスタカのCAPSULEが売れるようになったのはいつなのか?
■2022/09/03 浜崎あゆみは元キッズモデルで、アイドル、女優だった…
■2020/04/10 m.c.A・T、宮沢りえ、観月ありさも小室ファミリーだった?


■2021/12/10 好みど真ん中なEeL、中田ヤスタカのCAPSULEと混じる…

 EeLのCDが出てきました。当時好みど真ん中で大好き!と思ったもので、ナンバーワンクラスだったのですが、今聞き直してみると、そこまでは行かないです。好み変わったのかな…。ただ、聞いているうちにだんだん蘇ってきました。やっぱり相当良いですね。

 EeLはたぶん英語で「うなぎ」の意味。なんで「うなぎ?」という謎なチョイス。
 全然有名じゃないのでWikipediaに単独項目はないものの、「イール」の曖昧さ回避の項目で名前は出てきています。ただ、「日本のバンド」という紹介になっていて、「バンドかなぁ?」と。

 今聞き直してみると、楽曲によっては確かに思ったよりバンド臭するものがあってびっくり。このバンド臭ある方が今は好みかも。ただ、私的には当時渋谷系という理解でした。渋谷系は音楽ジャンルとしては異端な分類ですし、大きく言うと、エレクトロニカ系、テクノ系ですかね。
 検索してみると、<EeL - OTOTOY>では、<エレクトリック・パンク・ミュージックをベースに、キュートかつ、ファンキーなポップ・ミュージックを作り出す関西在住女性アーティスト>という説明。やはりバンドではないですよね。また、エレクトリックというワードがやはり出てきました。

 ここでは、初の音源をリリースしたのは1999年で、フレンチ・ポップ、ボサの要素を取り入れた音楽との説明。
 2000年1月には、高速打ち込みビート+ウィスパー・ヴォイスのテクノ・ポップ・サウンドへと展開を広げ、アルバム『Kung-Fu Master』(2001年4月)、『EeL early works』(2001年9月)、『people people』(2001年12月)をリリースとありました。
 もう1枚持っていたはずですが、今出てきたのは、3つのうちの最初『Kung-Fu Master』ですね。ウィスパーボイス強いってのは思いましたね。こんなんだったっけ?と最初戸惑いました。

 この後は聞いてない時期ですが、2002年4月からトラック・メーカーにROMZ recordのmilch of sourceが参加。2004年12月、オールド・スクールからブレイク・コア、ファンク、レゲエ、エレクトロニカなどあらゆるジャンルをエレクトリック&ポップに再構築した4thアルバム『Little Prince』をリリースしたそうです。

 記憶と違っていたのでなんか変だなと検索して、気づきました。「CAPSULE」と勘違いしていましたわ。ナンバーワンクラスで好きだったってのは、「CAPSULE」の方。ごめんなさい、だいぶ勘違い。でも、EeLも間違いなく大好きですね。
 「CAPSULE」はPerfumeなどのプロデュースで知られる中田ヤスタカさんのユニット(ただWikipediaはCAPSULEもバンドとの説明)。Wikipedia見たら、「CAPSULE」もかなり売れたんですね。私が買っていた頃は全然だったはずです。(ちなみに私が買っていた頃の表記はcapsuleで後に表記変更したようでした)

■2022/08/07 中田ヤスタカのCAPSULEが売れるようになったのはいつなのか?

 CAPSULEですが、ウィキペディアによると、2001年にメジャーデビュー。 これはCDデビューという書き方もされています。2001年3月28日のマキシシングル「さくら」が最初のようですが、このときはたぶん私は知らなかったと思います。
 記憶にあるのは、アルバム2枚ですね。たぶん初期の3枚のうちの2枚だと思うのですが、検索して画像を見ても特徴のないシンプルなジャケットで全然記憶にありません。このときはあまり売れていなかったようで、ウィキペディアにある順位(オリコン順位?)という項目は圏外もしくは低い数値でした。

1     2001年11月21日     ハイカラ・ガール -(圏外?)
2     2003年3月19日     CUTIE CINEMA REPLAY     232位
3     2003年11月19日     phony phonic     120位

 4枚目以降は30位~50位代くらいでもう少し良い順。さらに7枚目以降は20位台で安定しています。ただ、アルバム順位はリリースが少ないために、シングルと全然イメージが違います。かなり良い順位でないと一般人はほとんど知らない状態。個人的にはベスト10は最低限必要なイメージでした。

4     2004年6月9日     S.F. sound furniture     35位
5     2005年2月9日     NEXUS-2060     59位
6     2005年9月21日     L.D.K. Lounge Designers Killer     49位
7     2006年5月10日     FRUITS CLiPPER     CD     29位
8     2007年2月21日     Sugarless GiRL     CD     25位
9     2007年12月5日     FLASH BACK     CD     20位

 ただし、ウィキペディアによると、この最後の20位のアルバム『FLASH BACK』の時点でかなり売れていた模様。その次のアルバムからは以下のように、「オリコンチャート6位」などと文句なしの売れ方をしており、9枚目の『FLASH BACK』か『MORE! MORE! MORE!』のあたりでブレイクとみなされているようでした。

<2007年、アルバム『FLASH BACK』がiTunes Storeエレクトロニックチャートにおいて1位を獲得、総合チャートにおいても1位を獲得している。2008年、アルバム『MORE! MORE! MORE!』がオリコンチャート6位となり[4]、capsule初のオリコンベストテン入りとなった。2009年、初のベストアルバム『FLASH BEST』もオリコン週間チャート7位[5]、CDデビュー10周年となる2011年のアルバム『WORLD OF FANTASY』がオリコン週間チャート3位となった[6]>

■2022/09/03 浜崎あゆみは元キッズモデルで、アイドル、女優だった…

 ビデオテープ整理で「学校II」というビデオテープが出てきました。全く覚えがありません。少し見たものの、やはり記憶になし。検索すると、山田洋次監督の1996年の映画。家族の誰も見そうにない渋いチョイスです。
 変だな…と思ってウィキペディアを見ても、どう考えても家族の誰も見ないだろう内容の映画。謎です。

<竜別(りゅうべつ)高等養護学校では、様々な障碍を持つ生徒たちが寮生活を送りながら教育を受けている。2年前この学校に入学してきたのは、いじめに遭って以来一言も話さなくなった高志や言語障害と歩行障害がある佑矢たち。彼らを受け持つのは、クラス担任の竜平とそれをサポートする玲子、それに新人教師・小林の3人。佑矢は特に手のかかる生徒で、すぐに暴れ回るため小林はつきっきりでその対応に追われる。竜平たちは長い月日をかけて生徒との関係を築いていく。しかし3年生になった高志はある日、佑矢を連れて「買い物へ行く」と寄宿舎を出たまま失踪する>

 ただ、予想外なことにアイドルも出ていた模様。なので、アイドルファンの家族が録画した映画なのでしょう。映画の内容はたぶん理解できていなかったものと思われます。


その他の主な人物
由香
    演 - 浜崎あゆみ
    竜平の娘。母と祖母と3人で暮らす。進路をめぐり母と意見が合わずに悩む。

安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S
    演 - 安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S
    本人役でライブシーンで登場。他にも本作では安室奈美恵の楽曲が何度か使用されている[注 6]。

[注 6]^ 作中では「GOOD-NIGHT」や「Don't wanna cry」など安室奈美恵の楽曲が、CDやラジオから流れる曲として使用されている。


 浜崎あゆみの方のウィキペディアを見てみると、この映画のとき(1996年)、浜崎あゆみは歌手デビュー前。もともとはキッズモデルやアイドル、女優だったんですね。知りませんでしたわ…。

1978年 - 1997年 キッズモデル、アイドル時代
<小学生の頃にSOSモデルエージェンシー福岡にスカウトされ、「浜崎くるみ」(引用者注:本名は濱﨑 歩)の芸名で福岡中央銀行のポスターや地元商業広告に登場。その後、東京のサンミュージック(現:サンミュージックプロダクション)を紹介され、所属することとなる>
<1993年、14歳でテレビ朝日系テレビドラマ『ツインズ教師』でドラマ初出演し、女優としてデビュー。1994年、15歳で芸名を「浜﨑あゆみ」(『崎』の異体字『﨑』)に改名し、同年4月に堀越高等学校芸能活動コースに入学。同級生には中山エミリがいる。16歳から17歳にかけて「渚のシンドバット」「未成年」や「闇のパープル・アイ」等テレビドラマ・映画、Vシネマで女優として出演。またグラビアアイドルとしての活動や「AYUMI」名義でアルバム「NOTHING FROM NOTHING」のリリース(1995年)なども行った。
 また、スーパーファミコンのサテラビュー向けラジオ番組に泉谷しげると共にレギュラー出演していた事もある。(中略)当時に対談した伊集院光によるとこの頃の浜崎はアイドルでは全然売れておらず、一人で出した企画盤のCDをみんなに配っていたという>


■2020/04/10 m.c.A・T、宮沢りえ、観月ありさも小室ファミリーだった?

 過去のラジオ番組録音テープを整理中。1998年3月24日のゲルゲットショッキングセンターの「都内高校生101人に聞いときました」は「小室ファミリーといえば?」でした。今聞くと、「小室ファミリーなの?」って人がちょくちょく入っていて、「ん?」と思います。

1位    globe
2位    華原朋美
3位    安室奈美恵
4位    hitomi
5位    trf
6位    トーコ
7位    篠原涼子
8位    H Jungle with t
9位    観月ありさ
10位    宮沢りえ

 トーコも忘れかけていましたが、観月ありさ・宮沢りえは確実に小室ファミリーであった覚えがありません。Wikipediaを見ると、観月ありさは小室ファミリー完成前の時期から楽曲提供していたとのこと。そういえば、小室さんっぽい曲ありましたね。宮沢りえもWikipediaに入っていたものの、彼女もブーム前からの提供でした。私がまだ音楽をコンスタントに聞き始める前ですね。こうやって見ると、アイドル系かなりありますね。この後も名前が出てきます。
 さらにランキング圏外で名前が出てきたm.c.A・Tにびっくり。こちらは小室ファミリーのWikipedia、m.c.A・TのWikipediaにすら記述がありません。検索してみると、何度か小室さんが楽曲提供していた内田有紀の6枚目のシングル「EVER&EVER」が、内田有紀&m.c.A・T名義で、「作詞:m.c.A・T・小室哲哉、作曲・編曲:富樫明生・小室哲哉」だったので、ここらへんが理由でしょうか。しかし、全く覚えがない曲です。

 もうひとり渡辺美里がわからず。 Wikipediaによると、立身の契機を作った「恩人」であり、作詞面で小室に影響を与えるなど独自の世界を持つものの、小室ファミリーとされないとされていました。楽曲提供していたってことみたいですね。渡辺美里は「My Revolution」だけ好きだったんですけど、これ、小室さんだったということで納得したことを思い出しました。
 ゲルゲットショッキングセンター番組アシスタントで小室さんプロデュースでデビューの大賀埜々は、投票がなかった模様。マイナーですしね。他には、鈴木亜美という大物やdosなどがないですけど、デビュー前かな。

 私は小室さんの曲大好きな気がしていたのですけど、こうやって見ていくと、大好きってアーティストが全くいなくて不思議です。うーん、大好きだったというのは、錯覚なのか…。

大嫌いだったのが大好きになるアーティストがなぜか多い

■2019/08/30 はるか遠くに星が見えるなら…サニーデイ・サービスの曲名が不明
■2019/08/30 大嫌いだったのが大好きになるアーティストがなぜか多い

■2019/08/30 はるか遠くに星が見えるなら…サニーデイ・サービスの曲名が不明

 昔のテープ整理しているんですが、曲名メモが行方不明。歌詞検索でどうにかなるだろうと思いましたし、実際、だいたいどうにかなります。ただ、結構出てこない曲もあって想定外でした。
 サニーデイ・サービスの「恋人の部屋 」はすぐわかり、その次の曲でやはりサニーデイ・サービスだと思うんですけど、これがわからないんですわ。「言葉じゃ言えないことばかり」で始まり、サビっぽいところが「はるか遠くに星が見えるなら たとえどこにいても全然構わない」っての…。まさかわらかんとは…。
 サニーデイ・サービスではない…ってこともひょっとしたらあるかもしれませんけど、どっちにしても検索しても出てきませんでした。

■2019/08/30 大嫌いだったのが大好きになるアーティストがなぜか多い

  さて、このサニーデイ・サービスの話。私は結構最初聞いたとき大嫌いだったのに、後からむしろ最高クラスに大好きになるというアーティストがいます。新しい感覚に最初慣れなくて、後から慣れる…って感じなのかな。普通は第一印象が悪いのに後から大好きになるって、あまりないと思うんですけどね…。
 で、サニーデイ・サービスもそういうバンドだったような?と。最初聞いたとき、眠たくて退屈だなと思って いたのに、後からむしろ最高じゃん!となった気がします。
 他に最初むしろ嫌いだったのって何だっけな?と思い出してみると、ピローズやブランキージェットシティもそうでしたね。ミッシェル・ガン・エレファントは好きじゃなかった期間短いけど、 やはりそういうタイプ。バンド系以外でもあった気がするんですけど、忘れました。思い出したら追加しますわ。

2019/09/01追記:嫌いってほどじゃなかったですけど、そういえば、くるりはインディーのときは全然。同じ曲でメジャーになって聞いて、名曲じゃん!という。なんなんでしょうね、これ…。

2022/08/13追記:そういやCoccoも最初嫌いで後から大好きになったアーティスト。激しい系ではなく優しい系だと、ノーナ・リーヴスも最初なよなよしていて好きじゃなかった記憶。他にも多数いたはずです。

スーパーカーって名前…ダサかっこいい?普通にダサい?

■2019/07/01 スーパーカーって名前…ダサかっこいい?普通にダサい?
■2022/07/29 バンドメンバー募集の張り紙見て連絡するも音沙汰なかった…

■2019/07/01 スーパーカーって名前…ダサかっこいい?普通にダサい?

 昔のテープ整理していたら、スーパーカー(SUPERCAR)のデビューした頃(1997年デビューで翌年の初めころみたい)のミュージックスクエアのインタビューテープが出てきました。まだ青森在住で、垢抜けない素朴な感じでボソボソと話しています。
(出てたのはボーカル&ギターの中村弘二とベース&ボーカルの古川美季(フルカワミキ)ですかね? 書き終えてからラジオの続きを聞くと、ライブでは別の人だけがMCをやり、トークショー状態と言っていました。あと、翌日のゲストがプリスクールで、中村貴子さんが「こちらのVoも喋らないと聞いている」と言ってて笑いました。プリスクールの場合、喋らないのは大和田晃(確か愛称はバクちゃん)だけで、女の子の佐藤美恵子(エコ)は結構話してくれたような…)

 このインタビューで、スーパーカーというバンド名をつけた理由について、ダサかっこいい感じといった 説明をしていたんですよ。
 でもね、ダサかっこいいじゃなくて、ダサいのみじゃない? ダサさ100%じゃない?と思ってしまったんですよ、正直。「スーパーなんとか」って時点でダサいんですが、「スーパーカー」というのがまた使い古された感じ。当時も名前がなぁ…と思っていました。

 ただ、「ダサかっこいい」という狙いそのものは、スーパーカーの音楽のアンバランスなイメージと妙に合っている気がします。
 確かスーパーカーって、初期はライブが下手なバンドとして有名だったはず(書き終えてから続きを聞くと、自分でライブについて「ぼくらうまくないんで」と言っていた)。最初に組んだバンドですぐデビューしちゃったということで、経験不足。でも、ライブはどうか知らないんですけど、CDはめっちゃいいんですよ。番組でかかっていたデビュー曲のcream sodaはマジで100%素晴らしい。今聞いても大好きですね。

 CDでもたぶんうまいわけじゃないんでしょうが、爆音が似合いそうなバンド音に、か細いどこか頼りない感じもする、やや淡々とした切なさを感じるボーカル。メンバーはほぼ10代という若いこの時期にしか出せないであろうという初々しく未成熟な感じが最高でした。これでむしろうまかったら、全然良くなかったと思うくらい。ヘタウマともまた違いますが、絶妙なバランスです。
 Wikipediaを見ると、ジャンルはオルタナティブロックやギターポップなど。後半はエレクトロニカになり、おそらく音楽的には完成度が高まったんじゃないかと思うのですけど、私は初期の未完成さがぶっちぎりで好きでした。10代やデビュー当時しか出せないものってあると思います。
■2022/07/29 バンドメンバー募集の張り紙見て連絡するも音沙汰なかった…

 スーパーカーのウィキペディアを読んでいました。1995年、当時八戸市で寮生活を送っていた石渡が同市内の「楽器の文明堂」(既に閉店)に貼られていたバンドメンバー募集の張り紙に興味を持ち、そのバンドに連絡を取ったのが、きっかけだとのこと。
 ただ、一向に動きがみられなかったため、石渡が小学校時代からの幼馴染の中村と中学時代に野球部でバッテリーを組んでいた田沢を誘い、そこに張り紙を貼ったバンドのメンバーだった古川を逆に招く形で結成したそうです。下手にこのバンド募集の話が進まなくて良かったですね。

 最初のときにも当初は青森在住のまま活動という選択をしていたのですが、ウィキペディアでは、そこらへんの話はなし。以下のデビューまでの経緯の説明によると、すでに音楽に専念することは確定していたようです。
 ただ、ギターの石渡淳治(いしわたり淳治)が高専に通っていた…という話があったので、青森在住継続はそこらへんの関係かもしれません。

<同年の夏に初めて曲を作り、地元の「ビートルズマニアのおじさん」の家で5曲ほど録音したデモテープを秋にソニー・ミュージックのオーディションに応募したところすぐに返事が来る[2]。しかしデビュー契約ではなくスタジオ代を応援する旨の契約だった(いわゆる育成期間)。確実にプロになれる保証もなかったためメンバーは進路についてかなり悩んだが、ほとんどが進学や仕事を辞め音楽に専念する道を選ぶ。石渡は高専に通っていたため、彼のみ学校に通いながらバンド活動をしていた[1]。石渡がなぜ自分たちを通してくれたのかソニーの新人開発担当に聞いたところ、「字がきれいだったから」と言われたという。
 1年間の育成期間を経て1997年4月にレコーディングを始め、同年9月21日にエピックレコードジャパン内のレーベル兼事務所「dohb discs」(ドーブ・ディスクス)からシングル「cream soda」でデビュー>

2023年8月3日木曜日

お正月によく聞く『春の海』、実は西洋音楽の影響をうけた融合曲だった!

■2022/04/06 東儀秀樹聞いてるとナレーションの声入ってきそうと身構える
■2022/08/01 空目してしまう現代音楽・現代邦楽・現代雅楽…違いは?


■2022/04/06 東儀秀樹聞いてるとナレーションの声入ってきそうと身構える

 叔母がいらなくなったCDの中に東儀秀樹がありました。雅楽と今の楽器を組み合わせた曲。Wikipediaでは、現代雅楽というジャンルになっていました。ボーカルなどは入りません。
 ハイレベルで良質な楽曲ばかりなのですが、なんか映像重視なNHK高画質番組で流れてそうな感じだと思いました。…この説明で伝わるかな~? 自然や日本の建物を紹介する番組で使われそうな曲なんです。聞いていると、「そろそろナレーションが来るぞ!来るぞ!」と身構えてしまいます。(当然ナレーションは入りません)

 東儀秀樹と言うと、北海道の苫小牧市の駅前にあったレコード店(CDショップ)のことを思い出します。潰れちゃいましたが、長い間苫小牧市で一番大きかったんじゃないかなぁ…。室蘭市でも当時これより大きいお店を見た記憶がないので、当時は胆振(という区分が北海道にはある)で一番大きかったかもしれません。
 なぜこのお店を思い出すのか?と言うと、東儀秀樹を推していて特集コーナーがあり、視聴コーナーもあった記憶があるため。私が東儀秀樹を聞いたのはここが最初…というか、他で聞いた記憶がありませんわ。

 今考えると、お店が東儀秀樹を推すのは商業的にはどうか?という感じがしますね。ファンの方たちには申し訳ないですが、正直、たくさん売れるようなジャンルではないでしょう。私も東儀秀樹の曲は良質な楽曲だとは評価するものの、買おうとは絶対思わないタイプの曲です。
 ただ、同ジャンルで他に有名な人がいない…という事情があったのかもしれないと今になって思います。確かジャンル的には「現代音楽」(前述の「現代雅楽」とは異なる)みたいなコーナーがあった記憶。ここらへんでの一番の推しが東儀秀樹だったのだと思われます。
 そんなことを言ったら、そもそも「現代音楽」だけで視聴コーナーをひとつ設ける必要があるか?他のジャンルの視聴コーナー増やした方がいいんじゃないか?といった話でもありますけどね…。

 あと、私はこの試聴コーナーでしか知らなかったため、アルバムの表記「TOGI HIDEKI」を見て、「とぎ ひでき」と読むんだと、今の今まで勘違いしていました。正しくは「とうぎ ひでき」でした。
 東儀秀樹が漢字変換できなくて、「あれ?」と思って今気づいたんですよ。誰かに指摘される前に、自分で間違いに気づけて良かったです。東儀秀樹の話を今後誰かとする機会は、永遠に来ないような気もしますけど…。

■2022/08/01 空目してしまう現代音楽・現代邦楽・現代雅楽…違いは?

 東儀秀樹に関する話を読んでいてややこしいな!と思ったのが、「現代音楽」「現代邦楽」「現代雅楽」という字面がよく似て意味が異なる3つの概念があることです。空目しますわ…。
 とりあえず、字面はともかく意味の違いがわかるのは、「現代音楽」。こちらはかなり広い意味です。「独自研究」タグがついているものの、とりあえず、ウィキペディアでは、以下のような説明でした。

「現代音楽」
<現代音楽(げんだいおんがく)は、西洋クラシック音楽の流れであり20世紀後半から現在に至る音楽を指す。ドイツ語では「Neue Musik」、英語では「20th century classical music」などと表記されるようにその定義も非常に曖昧・抽象的であり、他の時代の西洋音楽史の区分のように、様式によって区分されたものではない>

 一方、問題なのは、「現代邦楽」と「現代雅楽」。ウィキペディアのそれぞれの説明は以下のとおりですが、字面だけでなく、意味的にも迷ってしまう、かなり区別に困る概念だと感じました。

「現代邦楽」
<現代邦楽(げんだいほうがく)は音楽のジャンルのひとつ。 琴・三味線・尺八等の和楽器による合奏が特徴。
『現代邦楽』の認知度は低く、用法にもぶれが見える。特に宮城道雄らの曲は古典に分類されることが多い。
『現邦(げんぽう)』、『現代曲』と略されることも多い>

「現代雅楽」
<現代雅楽(げんだいががく)は、日本古代の伝統音楽である雅楽の編成および一部の楽器を用いて現代に新しく作られた現代音楽である>

■2022/11/10 お正月によく聞く『春の海』、実は西洋音楽の影響をうけた融合曲だった!

 お正月によく聞いた『春の海』。和風の曲でもこの『春の海』は好きだなぁと子供の頃思っていたのですが、現代邦楽 - Wikipediaを読んでいてびっくり。この曲は西洋音楽の影響をうけた、邦楽と西洋音楽の融合曲だったとのこと。純粋な和風ではなく、洋風の要素があるみたいですね…。
 また、日本の伝統的な音楽は単独でほとんど演奏されず、飽くまで能や歌舞伎などとセット…という指摘も言われてみるまで気づかずに驚き。「音楽は単独で聞かない」というのが、本来の日本のユニークな伝統文化のようです。

<邦楽は、能や歌舞伎、長唄などとともに発展してきたという経緯があるため、雅楽を除いては、純粋に楽曲のみを鑑賞するという形式での演奏は行われなかった。 明治に入っての明治新曲の時期、また大正時代以後に宮城道雄が西洋音楽の影響をうけ、邦楽と西洋音楽の融合である『春の海』を発表すると、それに触発されたように四世杵屋佐吉・中能島欣一・杵屋正邦といった演奏家が「楽曲のみを鑑賞するための邦楽」をつぎつぎと発表した。この時期の音楽を新日本音楽と呼ぶ。>



 『春の海』は有名な曲のため、単独でWikipediaが存在。こちらでも「 新日本音楽を代表する楽曲」という話の他、私が書いていたようなお正月の曲…というイメージがあることが書かれていました。

<春の海(はるのうみ)は、日本の箏曲家であり作曲家の宮城道雄が作曲した箏曲。ヴァイオリン版も知られるが、本来は箏と尺八の二重奏である。 新日本音楽を代表する楽曲である。日本では、小学校における音楽の観賞用教材として指定されているほか、特に正月には、テレビ・ラジオ番組や商業施設等でBGMとして使用されているため、今日では正月をイメージする代表的な曲の一つとして知られている>

 昔聞いた音楽って今聴き直すと「以前より良い」と感じることが多いんですよね。これは個人的な話ですが、一般的には「年をとると神社仏閣の良さがわかってくる」みたいなこともよくあります。
 で、久しぶりに『春の海』を聞くと、子供時分以上に良いと感じられたか?と言うと、なぜか正反対。子供の頃の方が好きでしたね。なんか今聞くと全然。自分でも不思議です…。
 そういや、私は神社仏閣も全然好きになっていません。これも子供の頃の方がまだ興味があったかも…という感じ。うーん、どうも私の好みはどんどん日本の伝統文化から離れていっているのかもしれません。

2023年7月30日日曜日

センスいいなぁ…と思ったらスクーデリア・エレクトロだった

■2019/08/30 センスいいなぁ…と思ったらスクーデリア・エレクトロだった
■2019/08/30 個性派揃ったMOTORWORKS、元SCUDELIA ELECTRO・L⇔R・スピッツ
(2022/07/26一部追記)

■2019/08/30 センスいいなぁ…と思ったらスクーデリア・エレクトロだった

 テープの整理していて、サニーデイ・サービスが続いた後に明らかに違う感じのイントロ。ビューンビューンって感じのエレクトロニックな感じの凝ったイントロ。センスの良さがあふれる曲です。
 パッと思いついたのは、グレート3かな?と。ただ、男性ボーカルの裏に入っているのが女性っぽい声。グレート3でコーラスなら男だろうな…と(後から、グレート3のボーカルはもっとセクシーだった…と思い出しました)。
 で、歌詞で検索したら幸いすぐ出てくれて、全然違いましたわ。スクーデリア・エレクトロ(SCUDELIA ELECTRO)じゃん。GOOD BYE NAUTILUSという曲でした。

 スクーデリア・エレクトロは正直当時そこまで好きじゃなかった気がするんですけど、今聞くと良いですね。本当センス良いですわ。ボーカルはやっぱちょっと地味かなと思うので、当時良さがわかりきらなかったのはそういうところでしょうね。
 私はスクーデリア・エレクトロの場合は、曲よりもラジオが好きでした。今でもちゃんと名前を覚えていました。石田小吉さんですね。

 で、ラジオが好きだったのは、選曲センスが好きで。音楽好きって感じのしゃべりも好きで、毎週聞いていました。全然好きじゃなかったビートルズの良さがわかったのも、石田小吉さんのせいだったんじゃないかなぁ。
 当時は音楽系はほぼNHK-FM オンリーだったので、この番組もたぶんそうじゃないかなと検索。「ミュージックパイロット」(NHK-FM)(1996年10月〜2000年3月15日)みたいですね。でも、番組名聞いてもピンとこなくて、「そういえば」程度。番組名の方の印象は薄かったようです。


■2019/08/30 個性派揃ったMOTORWORKS、SCUDELIA ELECTRO・L⇔R・スピッツから

 あと、これでWikipedia見ていたら、「2004年 L⇔Rの黒沢健一、スピッツの田村明浩、RaFF-CuSSの堀宣良とMOTORWORKSを結成」というのを知りました。 RaFF-CuSSって知りませんが、L⇔Rとスピッツは大好き。でも、タイプ違いますね。
  L⇔Rもセンス良いですが、ちょっと方向性違うような。スピッツの方は個人的には、センスの良さがアピールポイントといった感じじゃないですね。

 そういえば、確か スピッツの田村明浩さんは見た目で三輪テツヤさんのギターが個性あるように見えるけど、自分のベースの方がクセある、納得できない…みたいなことをおっしゃっていたような。当時この人は性格悪いアピールの仕方するなと思って嫌いだったのですけど、字面だと雰囲気わからんですし、悪意はなかったのかも。で、さっきの二人の流れで、田村さんも音楽にこわだりあって、そういうメンツなのかなーと思ったわけです。

 じゃあ、 RaFF-CuSSの堀宣良さんも見ておこうかと見てみたら、元modern greyだと!!!…唯一全く好みじゃないですわ、すみません。完全に想定外の経歴です。ただ、modern greyも個性はありましたね。合いそうな雰囲気も。Wikipedia見てみると、堀さんは他にF.E.O.D.、ASTRAL LOVEってのいたそうですが、こちらもさっぱりわかりませんでした。

2022/07/26追記:MOTORWORKSのウィキペディアを見てみました。こちらによると、そもそも<2003年頃、当時Scudelia Electroのメンバーとして活動していた石田ショーキチを中心として、スタジオで往年のロックをカバーすることを目的としたバンドが前身>とされていました。
 で、石田ショーキチさんがカバーする…となると、当然ながらビートルズをカバーしないわけがないですね。やっぱりビートルズをやっていた模様です。
 以下が、結成の経緯からCDリリーズまでの経緯でした。

<石田とアマチュア時代からの付き合いだったホリノブヨシ(modern grey)、Spiral Life時代のレーベルメイトで、友人であった黒沢健一(L⇔R)に、スピッツのプロデュースで知り合った田村明浩を加えた4人組として活動をスタート。
 11月、Scudelia Electroのライヴにおいて、黒沢、田村らと(ホリは、当時Scudelia Electroのサポート)ビートルズの「Helter Skelter」などを披露。これに手応えを感じたメンバーは、本格的な活動を開始。
 2004年7月28日に ドリーミュージック より、シングル2枚とアルバム1枚を3ヶ月連続リリース>

2023年7月3日月曜日

アルバム6枚出してシングル1枚しか出してないRadio Caroline

■2021/11/28 バンド名以外はかっこいいGYOGUN REND'S、Wikipediaがない
■2022/07/23 アルバム6枚出してシングル1枚しか出してないRadio Caroline

■2021/11/28 バンド名以外はかっこいいGYOGUN REND'S、Wikipediaがない

 過去のMD整理していて、NHK FMライブビートのGYOGUN REND'S(ギョガンレンズ)が出てきました。ロックンロールとかリズムアンドブルースとか、パブロックとかいろいろ言い方ありそうですが、私は「ガレージ系」というくくりで覚えていたバンドです。
 LIVEが始まった瞬間、ガッ!とテンション上がりますね。ベスト10に入るくらい好きだった時期のあるバンドなんで当然なんですが、ここしばらく感じなかっためちゃくちゃかっこいい!という圧倒的な良さです。
 ただ、持たないんですわ。何が持たないかと言うと、私のテンションが…。ライブビートは60分番組なんで、後半は疲れてしまいました。若い頃と違って、年取りましたね。ついていけません。こういうバンドが60分演奏するってすごいな…と今になって思い知ります。最後の説明によると、特にギョガンレンズは激しくライブしたみたいですね。よくやりますわ…。

 ところで、このGYOGUN REND'S(ギョガンレンズ)というバンド名。当時から名前が不思議で、なんとかならんかったのか?と思っていました。「ギョガンレンズ」と言うと、普通は「魚眼レンズ」のことですね。知ってます、魚眼レンズって?
 Wikipediaによると、魚眼レンズは英語でもそのまんまフィッシュアイレンズ。カメラなどに使用する写真レンズで、中心射影方式でない射影方式を採用しているものを指す…と説明されているものの、これではわからない人が大半でしょう。
 広い範囲を写すのに適しているんですが、普通の写真レンズと違って歪んだ写真が撮れるんですね。わざと歪ませることで、広い範囲を描写するといった感じ。Wikipediaでは、画角180度という製品が多いとされていました。
 この魚眼レンズという名称の由来は、魚類の視点である水面下から水面上を見上げた場合、水の屈折率の関係で水上の風景が円形に見えることから来ているそうです。「魚眼レンズ」で画像検索すれば写真がいろいろ見えますし、一目瞭然。ああ、これのことか!と思うでしょう。なかなかおもしろくて、好きな人はハマりそうな世界観です。

 ということで、魚眼レンズはおもしろい特徴的なレンズなのですが、バンド名としてかっこいい名前か?というと、個人差が出てきそう。私個人としては、正直、う~んという感じ。
 ガレージ系の音楽というのがそもそもかっこいいと思うかは個人差がありそうなもので、ダサかっこいい感じもあるのですが、私は普通に大好き。なので、バンド名以外はかっこいいのに!って感じですね。
 なお、カメラのレンズは英語だと「lens」。バンドのギョガンレンズの場合はつづりが「REND'S」で異なります。「ギョガン」の方もそのまんまローマ字の「GYOGAN」ではなく「GYOGUN」と異なっているんですよね。ここらへんの由来は知りません。今度暇なときにでも探してみたいですね。

 とりあえず、由来も載っているかもとWikipediaを見ようとしたら、なんか見つかりませんわ! そもそもWikipediaページがないのかも。「GYOGUN REND'Sがないなんて!」と思いましたが、確かメジャーデビューしていなかったはずですし、普通に知名度としては低いのかもしれません。
■2022/07/23 アルバム6枚出してシングル1枚しか出してないRadio Caroline

 前回書いたように、ウィキペディアにGYOGUN REND'Sの項目はなさそうだったのですけど、ウィキペディア内で検索してみました。すると、最初に出てきたのは、Radio Caroline(レディオ・キャロライン)というバンドでした。やはりGYOGUN REND'Sのページそのものは存在しないようです。
 Radio Carolineの方は、2002年の2月に解散したガレージロックバンド、GYOGUN REND'SのメンバーであったPATCH(ボーカル、ギター)が、thee michelle gun elephant(ベース)のウエノコウジとTHE NEATBEATS(ドラムス)の楠部真也の二人を呼びかけ、2003年1月に結成したものだと説明されていました。
 GYOGUN REND'Sとthee michelle gun elephantのメンバーが合わさったバンドがあるらしいというのは、私もなんとなく聞いた覚えがあり、好きなバンド同士で最高じゃん!と思った覚えがあります。しかし、未だに聞いたことがありません。

 ウィキペディアがあったのはなぜ?と見ると、レーベルがコロムビアミュージックエンタテインメントになっていました。メジャーだったこともあり、ウィキペディアがあったのかもしれません。また、アルバムを見てみると、6枚も出していてびっくり。ミニアルバムを含むのかもしれませんが、かなり精力的に活動していたようです。他にベストアルバムも1枚出しています。
 一方で、シングルが1枚のみで笑いました。ここらへんは、インディーズの感覚そのままですね。レコード会社にはシングルを出せ!と言われそうなものですので、メジャーに行ってもやり方をある程度貫いたのかもしれません。

2023年6月16日金曜日

明治学院大学出身のミュージシャン一覧を見たら多すぎてビビる

■2019/12/15 ミッシェルガンエレファント、フィッシュマンズなどは明治大?明治学院大?
■2019/12/15 フィッシュマンズにメンバーを引き抜かれて苦労したザ・カスタネッツ
■2022/10/17 明治学院大学出身のミュージシャン一覧を見たら多すぎてビビる

■2019/12/15 ミッシェルガンエレファント、フィッシュマンズなどは明治大?明治学院大?

 「明治大学(?)サークル カスタネッツ、フィッシュマンズ、ミッシェル・ガン・エレファント」というメモが出てきました。
 売上的にはミッシェルの一強でしょうか。フィッシュマンズはミュージシャンのファンが多く、通好みといった感じ。カスタネッツだけ落ちますかね。
 当時個人的には、カスタネッツとミッシェルが大好きでたまらない感じで好き。この中ではフィッシュマンズだけ全く好きじゃなかったのですけど、フィッシュマンズも今聞くとすごいいいですね。

 さて、そもそも本当に明治大学なんでしょうか。クエッションマークがついています。歴史的経緯を見ると、パクリではないのですけど、よく似ていて勘違いされる明治学院大学というのもありますから、注意が必要です。たぶん明治大学で良いと思うのですけど…。

 一番有名なミッシェル・ガン・エレファントから見ていきましょう。で、ここ見たら、マジで明治学院大学と勘違いしていたというオチ。マジか、自分! 当時明治学院大学は知りませんでしたので、しゃーないですかね。とはいえ、明治大も箱根駅伝のイメージしか当時なく、今でもそんなもの。私立大学は正直よくわかりませんね。

 Wikipediaによると、1991年 明治学院大学のサークル「ソング・ライツ」内にて結成。ただし、結成時のメンバーはメジャー・デビュー後のメンバーとほとんど異なっており、一致するのはボーカルのチバのみ。インディーズCDで名前のあるシガケイイチもいなかったようです。
 ところが、1991年のうちにかなりメンバーが固まります。明治学院大学の学園祭で行われたライブを観覧していたクハラがチバに「おまえの後ろでたたかせてほしい」と申し出たため、当時のドラムス担当をクビにした上でメンバーに加入。その後、ベース担当のメンバーが脱退し、クハラと親交の深かったウエノが後任のベーシストに選ばれていました。

 インディーズの『MAXIMUM! MAXIMUM!! MAXIMUM!!!』は1993年。しかし、ギターのシガケイイチがメンバーから脱退、一時は解散の危機を迎えたとのこと。以後しばらくは3人編成のままライヴ活動を継続しています。1994年初めに、メンバーが敬愛するドクター・フィールグッドの元ギタリストであるウィルコ・ジョンソンの渋谷クラブクアトロでのライブにて、オープニング・アクトを務めたときも3人だった模様。
 ただ、同じ年に知人の仲介によりアベが加入しメンバーが揃いました。ここからメジャー・デビューまで時間がかかり、1996年になってのデビューですね。インディーズのCDとそんなに時間が開いたとは思いませんでしたわ。


■2019/12/15 フィッシュマンズにメンバーを引き抜かれて苦労したザ・カスタネッツ

 お次はフィッシュマンズ。Wikipediaによると、ボーカル、ギターの佐藤伸治を中心として1987年に明治学院大学の音楽サークル内で結成。1991年にメジャー・デビューしています。佐藤伸治が亡くなるのが1999年ですから、思っていたより長く活動していましたね。私が知ったのは、後半で地味に売れだした頃からっぽいです。
 Wikipediaによると、初期のフィッシュマンズはレゲエを基調としたポップな楽曲だったおいう説明。レゲエのイメージはわかりますが、ポップというイメージとは繋がりません。その後、オリジナルメンバー2人の脱退や、エンジニアであるZAKのレコーディングへの参加、レーベルの移籍に伴うスタジオ環境の変化などをきっかけに、その音楽性はレゲエの他、ダブ、エレクトロニカ、ロックステディを基調に、ロック、ファンク、ヒップホップなどの要素を取り入れたサウンドを展開したそうです。
 ポリドール移籍後の『空中キャンプ』、『LONG SEASON』、『宇宙 日本 世田谷』のいわゆる「世田谷」3部作を発表した時期からテクノ系の雑誌やサブカルチャー系の雑誌にもたびたび取り上げられるようになったとのこと。ポリドールは1995年から。私が知ったのもこの頃からでしょう。『空中キャンプ』というタイトルは聞き覚えがあります。

 最後に残ったカスタネッツですけど、そういや正式名称はザ・カスタネッツでした。また、途中からthe castanets表記になった気がしますね。
 Wikipediaによると、1987年、明治学院大学の音楽サークルで牧野と小宮山を中心に結成。茂木欣一や柏原譲も一時期在籍していたが、サークルの先輩であったフィッシュマンズの佐藤伸治に引き抜かれ、後のフィッシュマンズに。フィッシュマンズと接点がありました。
 そんなこともあり、牧野&小宮山以外のメンバーがなかなか安定せず。後輩の若月健司が加入したのは、1989年でした。さらに、1993年には下北沢界隈で引っ張りだこであったドラマー金野由之が加入して、メジャーデビュー時のメンバーが出揃っています。
 そして、1995年、アンティノスレコードからシングル「冬のうた」でデビュー。他の2バンドと比べると、かなりデビューまで時間がかかりましたね。また、Wikipediaには、<メジャー期は4枚のアルバムと9枚のシングルをリリースするが、商業的なブレイクには繋がらず、4thアルバム「khaki」発表後、アンティノスとの契約が終了>とも書かれているように、いまいち売れませんでした。
 近年、CDとリリースはないんですけど、活動が続いていてびっくり。2018年 Vo.の牧野元が舌癌を発表。夏の一時期活動を休止し闘病。牧野が休んだCLUB Que夏ノ陣でのライブには、大木温之(Theピーズ)、TOMOVSKY、鈴木圭介(フラワーカンパニーズ)、井垣宏章(無限放送)、山田稔明(GOMES THE HITMAN)らが応援ヴォーカルとして参加したとのこと。無限放送は知りませんが、なんか癖のあるボーカルばかり…といった感じ。あと、年齢的に大木兄弟は上のようなイメージで違和感ありましたが、カスタネッツのCDリリースが遅かったために錯覚があり、ほぼ同じくらいですね。その大木温之さんも翌年に食道がんになっていました。
 あっ、無限放送の井垣宏章さんって、太陽の塔でボーカルだった人なのか。「太陽の塔」と言われればあわかります。この顔ぶれの中では太陽の塔だけ好きじゃなかったのですけど、やっぱり癖があるタイプだった気がしますね。なんか惹かれ合うものがあったんでしょうか。
■2022/10/17 明治学院大学出身のミュージシャン一覧を見たら多すぎてビビる

 明治学院大学でもう少しなにか…と試しに、ウィキペディアの明治学院大学の人物一覧を見たら、音楽関係だけで大量にいてビビりました。こんなに多いとは思いませんでしたわ。超有名なミュージシャンがいる他、私が好きな人もかなりいますね。

    岡野ハジメ(音楽プロデューサー)
    吉田仁(音楽プロデューサー・SALON MUSIC)
    會田茂一(音楽プロデューサー・元EL-MALO、HiGE)
    牧田和男(ミュージシャン・音楽プロデューサー)
    小泉信彦(キーボーディスト・音楽プロデューサー)
    時乗浩一郎(音楽プロデューサー)
    遠藤賢司(ミュージシャン)
    南こうせつ(ミュージシャン)
    南佳孝(ミュージシャン)
    斉藤哲夫(ミュージシャン)
    日倉士歳朗(ミュージシャン)
    高見沢俊彦(ミュージシャン:THE ALFEE)
    坂崎幸之助(ミュージシャン:THE ALFEE)
    桜井賢(ミュージシャン:THE ALFEE)
    藤田千章(ミュージシャン:SING LIKE TALKING)
    五十嵐充(ミュージシャン:RUSHMOREリーダー、Every Little Thingメンバー)
    尾崎勇一(ミュージシャン:The Uncoloured)
    黒須克彦(ミュージシャン)
    大野秀貴(ミュージシャン)
    篠原麻里(ミュージシャン、グループMichilucaのメンバー)
    高野秀峰(指揮者)
    川上宏昭(作詞家)
    新美香(作詞家)
    三浦徳子(作詞家)
    安藤紗々(作詞家)
    モナオ(歌手)
    田代美代子(歌手)
    織田哲郎(歌手・作曲家)
    酒井省吾(ゲーム音楽作曲家・編曲家)
    児島由美(シンガーソングライター)
    新沢としひこ(シンガーソングライター)
    古村敏比古(サクソフォーン奏者)
    木村佳代子(サックスプレイヤー)
    叶正子(ミュージシャン:サーカス)
    岩沢幸矢(ミュージシャン:ブレッド&バター)
    チバユウスケ(ミュージシャン・元thee michelle gun elephant、現ROSSO、The Birthday)
    ウエノコウジ(ミュージシャン・元thee michelle gun elephant、現Radio Caroline、the HIATUS)
    クハラカズユキ(ミュージシャン・元thee michelle gun elephant、現うつみようこ&YOKOLOCO BAND、M.J.Q、The Birthday)
    佐藤伸治(ミュージシャン:fishmans)
    茂木欣一(ミュージシャン:東京スカパラダイスオーケストラ)
    柏原譲(ミュージシャン:Polaris)
    一色徳保(ミュージシャン:つばき)
    川崎"フィリポ"裕利(ミュージシャン:髭(HiGE))
    本多スーサイド欽一(ミュージシャン)
    大隅知宇(ミュージシャン・作曲家)
    Carlos K.(ミュージシャン・音楽プロデューサー)
    JUVENILE(音楽プロデューサー・DJ:OOPARTZ)
    吉田圭介(ミュージシャン・INSPi)
    澄田健(ギタリスト)
    井上銘(ジャズ・ギタリスト)
    the castanets(バンド)
    WINO(バンド)
    THE CHEWINGGUM WEEKEND(バンド)
    UNDER THE COUNTER(バンド)
    おとぎ話(バンド)
    DJ toMU(DJ・ミュージシャン)
    ISEKI(ミュージシャン:キマグレン)
    村上啓太(ミュージシャン:在日ファンク)
    CLISMS(バンド)
    style-3!(バンド)
    ジョゼ (バンド)
    DYGL(バンド)
    セレイナ・アン(シンガーソングライター)
    あっこゴリラ(ラッパー・ドラマー)

2023年5月26日金曜日

千葉県ってパンクバンド多くない?あのNEVER GOOD ENOUGHも…

■2022/07/20 千葉県ってパンクバンド多くない?あのNEVER GOOD ENOUGHも…
■2022/04/03 普通すぎると思ったHOLiDAYS、今はその「普通」が気持ちいい


■2022/07/20 千葉県ってパンクバンド多くない?あのNEVER GOOD ENOUGHも…

 友達のところでNEVER GOOD ENOUGHを久しぶりに聞きました。「MODERN TIMES」というアルバムですね。
 NEVER GOOD ENOUGHは久しぶりすぎて、よく覚えていませんでした。ただ、NEVER GOOD ENOUGHはこれぞメロコアって感じで、オーソドックスだった一方で、オーソドックスすぎて購入までは至らなかった感じかも…と途中まで聞いていて思いました。「途中まで」です。
 ところがどっこい、結構、クセのある曲も混じっていましたわ。全然覚えないなぁ…。「MODERN TIMES」の黒白のジャケはすっごい「見た!見た!見た!」という感じで懐かしかったんですけどね。たぶん当時の友達のところだけでなく、店頭でも見まくったんだと思います。NEVER GOOD ENOUGHってかなり売れていた印象ですし…。

 あと、私はジャンルがテキトーなので、そもそもメロコアでいいんだろうか?と心配になって検索。ちょうどアマゾンの「MODERN TIMES」のレビューが出てきました。やはりメロコア、しかも、スタンダードなメロコアなようです。

<Vo.&G.が2人いるNGEの1stアルバム。
それぞれ個性が出ていて2トンカラーなバンドです。
いわゆる「メロコアっぽさ」をストレートに感じることのできる作品。
最近の作品はイノセントでストレートなロックという感じですが
一皮も二皮も向ける前の、ちょっと青っぽいNGEを聴くことができます>

 アマゾンの「商品の説明」によると、97年、出身地である千葉の高校在学中にNEVER GOOD ENOUGHを結成。なんとなく千葉県ってパンクバンド結構いそうな印象あったんですが、NEVER GOOD ENOUGHが千葉だったのか…。
 初音源は99年4月21日にあるマキシシングル「My last excuse…」。全国のレコード店で軒並みチャート入りを果たすということで、やっぱり売れていましたね。
 そして、「MODERN TIMES」は最初のフルアルバムで2000年1月23日に発売。<哀愁のメロディー・POPセンスに磨きをかけ、ひとつのジャンルには決して収めることのできない“ROCK”がぎっしりつまった作品>との説明で、やはりちょっとジャンルに幅ありましたね。「哀愁」というのもわかる感じがありました。

2023/01/13:メンバーについて補足。<NEVER GOOD ENOUGH - TOWER RECORDS ONLINE>によると、<1997年に小学生からの友人であったShin(g&vo)とNOB(g&vo)、高校の同級生であったTSUBASA(b)、以前から知り合いだったKeigo(ds)とで結成。当時全員高校3年生>とのことでした。
https://tower.jp/artist/305384/NEVER-GOOD-ENOUGH。


■2022/04/03 普通すぎると思ったHOLiDAYS、今はその「普通」が気持ちいい

 友達のところで、HOLiDAYS(ホリデイズ)の「PURE & SWEET」を久々に聞きました。私は当時買わなかったので、確かそれほど好きじゃなかったはず。ただ、今聞くと良いですね。
 正直よく覚えていないんですが、たぶん当時は「なんてことない」という感じ。たぶんパンクバンドで、たぶんガールズボーカルだったはずで、貴重なガールズパンクバンドという特徴はあったものの、「もう一つなにか足りない」と思ったのだと思います。
 今聞き直してもここらへんの印象はあまり変わってなく、正直地味だと思いました。普通です。ただ、そのオーソドックスな感じ、地に足がついた感じが、妙に心地よいんですね。HOLiDAYSいいな~と思いました。

 たぶんパンクバンドで、たぶんガールズボーカル…という、いい加減すぎる記憶だったので、家に帰ってきてネットで検索。<HOLiDAYS(ホリデイズ)の情報まとめ>(OKMusic)では、「土屋真希(g&cho)、黒沢晶(vo)、中野美智枝(b&cho)、三石哲子(dr)といった女性メンバー」といった説明がありました。まあ、十中八九女性だとわかる声ではあるものの、万が一ということはありますからね。
 また、「はつらつとしたパンク・ナンバー」とされており、パンクバンドであることも大丈夫でした。なお、ここでは、「ガールズ・バンドというと、非力なサウンドを連想しがちだが、彼女たちはそんな偏見を銀河の彼方まで吹き飛ばしてくれること間違いなし」とも書かれていました。
https://okmusic.jp/HOLiDAYS

 「USのパンク・バンド、ザ・マフスをリスペクトしているだけあって、誰もが顔をほころばせるキャッチーなメロディの裏に、胸を締めつけるような哀愁をたたえている」とも説明。言われてみると、切なさはあるかもしれませんね。
 後にこのリスペクトしていたザ・マフスのツアーサポートをして、スプリットCDもリリースしています。ファンとしては最高でしょう。我が生涯に一片の悔い無し…です。

 このザ・マフスのツアーサポートは99年4月。99年1月、ファースト・アルバム『Opening Adress』を発表したばかりでした。私が聞いた「PURE & SWEET」は2NDアルバムのようですが、なんと2002年には早くも解散。ザ・マフスといっしょにできて思い残すことなし…となったわけではないでしょうが、えらい短かったですね。
 紹介の順番が逆になりましたが、結成は95年の夏だそう。しかし、結成直後から倦怠期に突入するという妙なことになり、活動開始は遅れたそうな。96年以降ライヴも活発にこなし…とあったので、動き出したのはこのあたりからですかね。
 また、この結成から活動開始までの長いホリディにちなんでHOLIDAYSと命名されたといいます。本当なんでしょうか?

2023年5月20日土曜日

ブラッドサースティ・ブッチャーズに元ナンバーガール田渕ひさ子が加入してた!

■2021/11/25 ナンバーガールがブラッドサースティ・ブッチャーズの前座という贅沢さ
■2022/07/17 ブラッドサースティ・ブッチャーズに元ナンバーガール田渕ひさ子が加入してた!


■2021/11/25 ナンバーガールがブラッドサースティ・ブッチャーズの前座という贅沢さ

 昔のMDを整理中。NHK-FMでやっていたライブビートの録音が出てきたのですが、「ナンバーガール 前座」と書かれていてびっくり。ナンバーガールが前座って豪華すぎでしょ!
 正確には「ブラッドサースティ・ブッチャーズの前座」と書いてありました。「ブラッドサースティ・ブッチャーズがナンバーガールの前座」の方がありえないので、「ナンバーガールがブラッドサースティ・ブッチャーズの前座」で間違いないでしょうね。聞いてみると、3曲しかやっていないので確実に前座。それにしても贅沢な前座ですね。

 曲が終わった後の古閑裕さんの説明を聞くと、「(これから)メジャーデビューしてもおごらずに」と言っていたのでインディー時代の終盤ですね。まだ売れていなかった頃。とはいえ、インディーズのときにもすでにナンバーガールは話題ではあったはず。これを録音していたということは、インディーズの時点で私も好きだったんでしょうね。
 古閑裕さんはこの説明の中で「幻のファーストアルバムがぼくのレーベルから再発されているんですよね」とちゃっかり宣伝。宣伝しちゃいけないNHKなのに!
 …ここで出てきた「ぼくのレーベル」というのは、KOGA RECORDSのことでしょうね。ナンバーガールがKOGA RECORDSで出していた覚えはなかったのですが、バンド系が多いレーベルなのでカラーとしては合いますね。KOGA RECORDSは一番好きなレーベルと言って良いくらい、趣味が合いました。

 ところで、演奏した1曲目の「SAMURAI」は向井 秀徳さんが「土佐勤王党という男たちに捧げます」と言ってから演奏。土佐勤王党好きなんですかね。
 土佐勤王党はナンバーガールの地元関係ではなく、その名の通り土佐(高知県)関係。古閑裕さんが説明の中で「博多から出てきて」と言っていたんですが、ナンバーガールは福岡出身といった感じ。向井 秀徳さんもてっきりそうだと福岡出身だと思っていて今確かめたら、出身は佐賀県なんですね。
 一方の土佐勤王党。Wikipediaでの最も簡単な説明は、「幕末の土佐藩において、尊王攘夷を掲げて結成された結社」というもの。武市瑞山(武市半平太)が中心人物でした。ただ、『土佐勤王党 同志姓名附』によれば、盟主は武市瑞山自身ではなく深尾鼎であり、郷士層ばかりではなく上士層も多く含まれていたとのこと。これは初耳ですわ。
 土佐勤王党は、血盟外同志・協力者を含めると500名を超えたともいわれ、土佐における尊攘運動の一大勢力となりました。敵だけでなく、味方も含めて、多数の暗殺も行っていた印象。幕末の志士は大体こんな感じで、過激派反政府テロリスト的なところがあります。
 起草された盟約書には、尊王攘夷思想とともに、安政の大獄により失脚した前藩主・山内容堂の意志を継ぐことが謳われていました。ところが、前藩主山内容堂と思想が一体だったというかというと全然そうではなく、山内容堂はむしろ土佐勤王党を弾圧。武市半平太など幹部はことごとく斬首されています。
 ただ、現代において土佐勤王党のイメージが良いのは、坂本龍馬ブームのためでしょう。旧勤王党員である坂本龍馬、中岡慎太郎らが藩外において頭角を現しました。また、藩内で頭角を現した後藤象二郎や板垣退助らも坂本龍馬や中岡慎太郎と協力し、土佐も結局土佐勤王党の方向性にある程度近づきました。また、このときには日本全体の流れとしても尊皇や倒幕が優勢に。まさに「勝てば官軍」で、最終的に良いイメージになったのだと思われます。

■2022/07/17 ブラッドサースティ・ブッチャーズに元ナンバーガール田渕ひさ子が加入してた!

 ブラッドサースティ・ブッチャーズの方の補足もしておこうかな?とbloodthirsty butchers - Wikipediaにアクセス。初っ端から記憶と違っているところで、まず、メジャーでの活動が多くてびっくり。インディーズ臭(?)のあるバンドなので、なんとなくインディアンで活動していたようなイメージがありました。

<bloodthirsty butchers(ブラッドサースティ・ブッチャーズ)は日本のロックバンド。通称「ブッチャーズ」。トイズファクトリー、キングレコード、ユニバーサルミュージック、東芝EMI、日本コロムビア、自主レーベル「391tone」を経て現在は再びキングレコードに所属>

 また、メンバーを見ていて北海道出身であることにびっくり。カウパーズも北海道なのに!と思ったのですが、そういや、この系統のバンドで評価が高いブッチャーズもカウパーズも北海道…というのは、当時も言っていたような気がしてきました。北海道出身としては、鼻が高いですね。今の今まで、綺麗さっぱり忘れていたんですけど…。
 で、このメンバーのところを見ていて、田渕 ひさ子の名前があってびっくり! 田渕 ひさ子は、ちょうど「ナンバーガールがブラッドサースティ・ブッチャーズの前座」で書いていたナンバーガールの元メンバー。前座をやっていた伝説的バンドに自らが加入…という感慨深そうな形です。
 というか、よく読むと、ボーカルの吉村 秀樹と結婚したんだそうな。でも、この吉村 秀樹は亡くなっていますね。いろいろ知らないことだらけでした…。

吉村 秀樹(よしむら ひでき、1967年1月20日 - 2013年5月27日(46歳没))
    ボーカル、ギター、北海道留萌市出身、B型。2013年5月27日、急性心不全のため逝去。
射守矢 雄(いもりや たけし、1967年3月31日(55歳) - )
    ベース、北海道留萌市出身、O型。現在は射守矢雄と平松学(fOUL)として活動。
小松 正宏(こまつ まさひろ、1970年5月7日(52歳) - )
    ドラムス、北海道留萌市出身、O型。FOE(會田茂一のソロプロジェクト)、SOSITE、Crypt Cityに参加。
田渕 ひさ子(たぶち ひさこ、1975年12月9日(46歳) - )
    ギター、福岡県福岡市出身、O型。元ナンバーガールのギタリストで、解散後に結成したLAMAと並行して2003年加入。のちにブッチャーズの活動と並行してtoddleを結成。吉村秀樹とは夫婦関係にあった。

2023年5月16日火曜日

シモネタの中に心に響く言葉、小池聰行社長絶賛の文筆家イノマー

■2019/12/21 オリコン元編集長でオナニーマシーンのイノマー、亡くなる
■2019/12/21 シモネタの中に心に響く言葉、小池聰行社長絶賛の文筆家イノマー
■2022/09/28 がん公表時のイノマー「笑わないとシャレになんない。ネタにしないと」

■2019/12/21 オリコン元編集長でオナニーマシーンのイノマー、亡くなる

 「イノマー」が人気キーワードになっていて、えっ?と思って検索。「亡くなったのでは?」と思って検索してみると、実際、そうでした。ただ、以前から口腔底がんだったというのは、全く知りませんでした。
 私にとってはイノマーさんは、オナニーマシーンというよりは、雑誌オリコンの編集長や副編集長というイメージ。社内ではあまり良い関係でなかったせいなのかなんなのか、そのオリコンは「元雑誌編集者」という他人行儀な紹介で訃報を報じていました。

<かねてより口腔底がんで闘病中だった性春パンクバンド・オナニーマシーンのリーダーで元雑誌編集者のイノマーさんが19日午前2時50分、都内の病院で死去した。53歳だった>

 ただ、後から<オリコンが発行していた週刊誌『オリコンウィークリー』の編集長に同社当時最年少の29歳で就任>などと紹介。私が呼んでいた頃は、オリコン ウィーク ザ・一番の名前でしたけどね。
 ガガガSP、氣志團、サンボマスター、峯田和伸(銀杏BOYZ/当時GOING STEADY)といった人気バンドマンらを数多く紹介し、亡くなる直前まで親交が続いたとしています。私は、ハイスタ、ロリータ18号などのイメージが強いですね。


■2019/12/21 シモネタの中に心に響く言葉、小池聰行社長絶賛の文筆家イノマー

 私は優等生キャラのように見られるタイプであり、イノマーさんとは正直合わないと思います。シモネタも苦手です。全然合いません。
 でも、イノマーさんの文章すっごい好きだったんですよ。バンドの好みも合っていたのですけど、それだけじゃなくて本当文章がいいなぁ…と。文章がうまいというタイプじゃないですし、シモネタ大量。でも、その中に人間の本質をよく理解した、心に響くことがまれに出てくるんです。オリコン内の理解者で擁護者であった小池聰行社長がイノマーさんに「物書きが向いている」と言っていたのもわかります。

 私は当時自分に自信がなくてなくて仕方なく、ダメ人間だと思っていました。すべてが賛成できるってことじゃないのですけど、そういうダメな私に響く強烈な言葉がたまにあって、励まされもしたんですよね。彼は特殊分泌家を名乗っていましたが、偉大な文筆家でした。
 オリコン ウィーク ザ・一番はまだいくつかとってありますし、去年も読み返していて、やっぱりおもしろいなと思っていました。良いものが残っていれば、イノマーさんの話も紹介したいと思います。

■2022/09/28 がん公表時のイノマー「笑わないとシャレになんない。ネタにしないと」

 間がすごく空いちゃいましたが、イノマーさんの記事をもう少しブックマークしていました。病気を公表したばかりのときの<“童貞のカリスマ”イノマー、口腔底がんを公表「今日から長い壮絶な闘いに」>(ORICON NEWS 
2018-07-21 21:00)という記事です。

<オナニーマシーンのボーカル兼ベースのイノマー(51)が21日、口腔底がんを自身のツイッターやブログなどで公表した>
<来年、結成20周年を迎える童貞のカリスマに衝撃の告知がなされたのは20日。そして翌日のきょう7月21日は、奇しくも“0721の日”。まさに運命としか言いようがないタイミングでの公表となった。
 「オイラ、癌<ガン>になっちゃいましたーーーーー! イェイ(中略)もう笑うしかないね。笑いに変えるしかない。とんでもないフリだ。イノマーくん、遂に癌でやんす。トホホ……」とまずはファンや関係者に報告>
https://www.oricon.co.jp/news/2116019/full/

 「やっぱり、“死”というものを受け入れられない自分というのがいた。まだまだ先の自分には関係のないモノだとばかり思っていたのに突きつけられた」としつつも、以下のように前向きな話を書いていました。

「これ笑わないとシャレになんない。ネタにしないと意味がない。暗く落ち込んでたって損なだけだ、って。せっかく癌になったんだから、使えるだけ使わせてもらうしか道はない」
「あんまりさー、痛々しいとか、悲壮感とかさー、そういうのとは遠いとこにいたいんだよな。オナニーマシーンだし、イノマーくんだし。だから、ライブハウスでオイラに会ったら癌をいじってほしい。なんかもう……そうでもないとやってらんないッス。グッスン。ビエーーーーーン」

 「これから、今日から長い壮絶な闘いになるんだ」とも書いていました。ただ、公表がこの日ですから、公表からわずか1年半くらいで亡くなったことになります。やっぱり明るく…というわけには行かず、私は読んでいてつらかったですね。

2023年5月9日火曜日

中学生の作曲かよ!と思った夏川りみ、だんだん良さがわかるように

■2021/12/13 ゆっくりで死ぬ!沖縄の「やなわらばー」の曲と「ウチナータイム」
■2021/11/05 中学生の作曲かよ!と思った夏川りみ、だんだん良さがわかるように
■2021/11/01 バンドのBEGIN(ビギン)が思った以上に沖縄出身っぽさゴリゴリだった…
■2024/01/17 生まれた時代が悪かった?評価ほど売れなかった石嶺聡子

■2021/12/13 ゆっくりで死ぬ!沖縄の「やなわらばー」の曲と「ウチナータイム」

 叔母がいらなくなったというCDの中で多かった沖縄系のひとつ「やなわらばー」のアルバム「青い宝」。やなわらばーは、東里梨生(あいざと りお )と石垣優(いしがき ゆう)のユニット。アルバムのクレジットは、りおとゆうのみ。りおはジャケットの絵も描いていますね。全然知らなかったユニットです。
 共に沖縄県というだけでなく、石垣市出身で、他にあったCDのビギン、夏川りみと同じ。ゆうの方は名字も「石垣」です。わかりやすいですね。

 Wikipediaによると、ユニット名のやなわらばーとは、沖縄本島の方言で、「やな」(イヤな・ダメなの意)と「わらばー」(子供の意)を合わせた言葉。じゃあ「だめな子」って意味なの?と言うと、そうではなく、「やんちゃな子ども」「悪ガキ」「いたずらっ子」という意味を表すそうです。
 ただし、やなわらばー自身の出身である石垣島の方言では、「やなふぁーなー」と言われているが、なぜかあえて、名前を「やなわらばー」としたそうです。ただ、この名前のためか、石垣市長からは「変えなさい」と言われたとのこと。沖縄感はあるものの、石垣市感では劣るようです。

 曲の方ですが、他のいっしょに聞いた沖縄系の曲といっしょで最初は苦痛。間延びした感じが退屈すぎて死にそうでした。ただ、繰り返して聞くうちに、こういう良さもあるような…と。沖縄らしいゆったりさなのかもしれません。
 これで思い出したのが、「ウチナータイム」という言葉。これは沖縄時間という意味で、Wikipediaでは、<日本の南西端沖縄県に存在する、日本本土とは異なる独特の時間感覚。または、沖縄において集会・行事などが予定時刻より遅れて始まること>の説明。他に以下のような説明もあります。

<沖縄県においては、本土または内地と呼ばれる他46都道府県とは異なる独特の時間感覚が存在する(引用者注:ただし、九州でも同様の傾向が指摘されています)。これをウチナータイム、または沖縄タイムと呼ぶ(ウチナーとは琉球語で沖縄のこと)[2]。南国であるためかその時間はゆっくり流れ[2]、県民性は「テーゲー」(適当、いい加減)と称され[2]、または「なんくるないさー」(なんとかなるさ)[2]、細かいことや過ぎたことは気にしないとされる[2]。
 飲み会や私的な集まりにおいて約束の時間に間に合わせるといった意識、あるいは間に合わないことは悪いことであるという概念は、希薄もしくは存在しないと言われるほどであり[2]、30分や1時間の遅刻はザラであるという[3]。その他各種集会などについてもそのような傾向があり、主催者側も心得たもので特に慌てることもなく、そもそも開始時間にサバを読んでおく場合もある。そもそも定刻に到着してもどうせまだ誰も来ていないのだから遅れても仕方ないといった次第であり[4]、待つ側に怒りや苛立ちはなく、待たせる側にも罪悪感はない。逆に遅刻くらいで文句を言う人間は口うるさいなどとして嫌われる場合もある>

 アルバム自体は「ゆったりさ」がテーマではなく「青」がテーマ。アルバムタイトルになっている「青い宝」など、「青」という言葉が歌詞に出まくっていました。
 「ゆっくりもいいよね!」と思った私ですが、結局、一番好きな曲はアルバムの中ではやや異色の「夏休み」。歌詞に出てくる自転車のベルのような音を使うなど、他の曲より不純物があり、飽きさせない仕様で楽しい曲でした。ゆっくりはゆっくりで良いのですが、結局、ゆっくりシンプル…じゃない方が好きなようです。
 ちなみに沖縄出身で一番好きなのは、INDIAN-Hi(インディアンハイ。後にIN-HI(インハイ)に改名)。沖縄色のあるミクスチャー・ロックであり、全然ゆっくりできません。

■2021/11/05 中学生の作曲かよ!と思った夏川りみ、だんだん良さがわかるように

 叔母がいらなくなったというCDをいくつか聞いています。沖縄関係が多めで、1つが以前別の人から借りたことのあったビギンのアルバム「ビギンの一五一会」。他に夏川りみの「てぃだ 〜太陽・風ぬ想い〜」もあったのですが、何しろ私の趣味で買ったものではないので、最初はう~んという感じ。
 BOOMの島唄のカバーもありますが響かず。歌はめちゃくちゃうまいとは思うのですが、何しろ壊滅的にセンスが私と合いません。ここらへんは、好みの問題なので、夏川りみさんや関係者が悪いわけじゃないんですけどね。とはいえ、ヒットした「涙そうそう」だけは掛け値なしで良いですね。作曲したビギンのバージョンより夏川りみ版の方が大好きです。
 全体に最初、退屈で間延びした印象でした。聞いていて、最初は苦痛なほどです。ただ、繰り返して聞いているうちに、むしろイイじゃん!という感じに。これはこれで良いですわ。
 「月のかほり」は特に「中学生が作った曲みたいで聞いていて辛い!いたたまれない!と最初私の趣味と合わなかった曲なのですが、これも後から良い感じに。伸ばすところが多いし、歌いづらそうだなとも思ったのですが、逆に言えば、夏川りみさんのうまさがわかりやすい曲かもしれません。

 ■2021/11/01 バンドのBEGIN(ビギン)が思った以上に沖縄出身っぽさゴリゴリだった…

 MDにBEGIN(ビギン)のアルバム「ビギンの一五一会」が入っていて、なんじゃこりゃ?と。覚えがありません。ただ、後半の選曲を見て思い出しました。同じ会社にいた人が入れてくれたMDっぽい感じ。前半がその人の趣味で、後半がバンドをやっていた息子さんの趣味だったかもしれません。
 今Wikipedia見て知りましたが、「ビギンの一五一会」というのは、楽器「一五一会」を使ったセルフカバーアルバム。「一五一会」というのは、誰でも簡単に弾けるのが特徴のギターと三線を合体させたようなオリジナル弦楽器なんだそうな。それでいちいち曲に一五一会バージョンって書いていたんですね。

 MDには当時の感想メモを残していました。BEGINの曲があって驚いたというのは、私の趣味ではないため。例えば、「声のおまもりください」は発売時から知っていた曲だが当時特に興味を感じなかったし今でもそうだ…といった感想があります。今聞き直しても特に好きじゃないですね。有名な「涙そうそう」も夏川りみバージョンの方が好きです。
 ただ、「島人ぬ宝」は大好き。聞いていて「なんか聞いたことあるな」と思って悩んだ末に思い出しました。沖縄地方出身の別の会社の先輩がよく歌っていて、いいなと思っていた曲ですわ。当時は、ビギンだとは知りませんでした。これはマジで大好きです。
  ただ、この感想メモを書いた後、他の曲も繰り返し聞いているうちに結局全部良くなってきました。普通にいいですね。

 ビギンは沖縄出身なのかな?と思ったら、普通に沖縄出身(沖縄県石垣島)みたいですね。比嘉とか島袋とか名前も沖縄っぽさがゴリゴリ。会社の沖縄出身の先輩は沖縄臭ゼロで、日本人に多い名字ベスト10な名字だったんですけど…。

    比嘉 栄昇(ひが えいしょう、1968年7月15日(53歳) - ) - ボーカル
    島袋 優(しまぶくろ まさる、1968年9月23日(53歳) - ) - ギター・ボーカル
    上地 等(うえち ひとし、1968年6月23日(53歳) - ) - ピアノ・ボーカル
■2024/01/17 生まれた時代が悪かった?評価ほど売れなかった石嶺聡子

 母が買ったCDの整理で石嶺聡子(さとこ)を聞きました。1stアルバム「INNOCENT」と次の「situation」です。
 自分の趣味じゃないってのはありますが、やっぱり合わないですね。良さはわかるのですけど、好みとしては全然です。

 正統派女性ボーカルといった感じで、ストレートな良さは感じるところ。ただ、癖がなさすぎて、私が引っかかるようなフックはなし。また、セールス的にはそれほど売れたわけでは無いので、世間的にも支持が厚かったわけじゃないでしょうね。
 聴いていて思ったのが、生まれた時代が悪かったかな?という。母が好きであったように、もう少し早く生まれていれば、評価の高さだけでなく、セールスもついてきたんじゃないかと思います。

 ウィキペディアも眺めてみました。<石嶺 聡子(いしみね さとこ、1975年10月3日 - )は、日本の女性歌手、シンガーソングライター。沖縄県那覇市出身>との説明。彼女も沖縄県出身でしたっけ。忘れていました。沖縄県は本当歌がうまい人多いですね。
 デビューの経緯を見ても、歌のうまさがわかります。また、「シンガーソングライターめじろ押しの当時のポップス界では歌がうまいだけでは話題性に欠ける」という、生まれた時代の悪さを感じさせる話もありました。

<1992年9月、首里高校2年生時に琉球放送代表として出場した「第16回長崎歌謡祭」で「石狩挽歌」を歌ってグランプリを獲得したのを機に、東芝EMI(当時)のプロデューサー・篠木雅博にスカウトされる[4]。
 高校卒業後に上京すると間もなく、ボイストレーニングとダンスと英会話のレッスンのためにアメリカ・ロサンゼルスに留学[注 1][4]。

[注 1^ シンガーソングライターめじろ押しの当時のポップス界では歌がうまいだけでは話題性に欠けるため、アーティスト性の要素を備えさせたいというプロデューサーの篠木の意向だった。

 帰国後の1994年11月9日に『土曜日とペンと腕時計』でメジャー・デビュー。しかし、レコードとライブの2本立てに絞って育てるプロデューサーの篠木の方針で、芸能事務所には所属させずにレコード会社の東芝EMI内でマネジメントするスタイルをとったため、テレビ番組などのブッキング力がなく、当初はメディア露出に苦戦した[4]。>

 その後、<翌1995年3月、『第5回NHK新人歌謡コンテスト』に出場し優勝>というのも、やはり歌のうまさがわかる話。
 ただ、その後、私の認識違いの話が登場。不遇だったような記憶ですが、50万枚売れるスマッシュヒットを飛ばしていました。そういや、この『花』が代表曲でしたね。紅白歌合戦にも出ていますし、普通に成功していましたわ。

<同年、映画『ひめゆりの塔』主題歌として喜納昌吉の代表曲『花』をカバー。新人歌謡コンテスト優勝者としてこの年の『第46回NHK紅白歌合戦』に『花』で出場し、CD売上が50万枚を越えるロングヒット[5]。翌1996年3月、インドネシア・バリ島で開催された「第1回アジア音楽祭」で『Asian Dream』を歌いグランプリを獲得する。>

2023年5月3日水曜日

のり弁ののりのように…天才的なYO-KINGのセンス

■2019/08/31 のり弁ののりのように…天才的なYO-KINGのセンス


■2019/08/31 のり弁ののりのように…天才的なYO-KINGのセンス

 メモが行方不明の昔のテープの整理をしていました。でも、真心ブラザーズは余裕で特定。真心ブラザーズはすぐわかるので、いいですね。わかりやすすぎて間違いありません。「どか~ん」と「のり弁女」2曲続けて入っていました。

 「どか~ん」は真心ブラザーズベスト10級に好きな曲。ただ、今聞くと「のり弁女」がすげーな、と。「のり弁女」というタイトルからしてあり得ませんが、今回は真心ブラザーズの曲ということだけわかり、タイトルの方の全くわからずに聞いていたので、サビの歌詞で「のり弁」が出てきてびっくりしてしました。意表突かれますわ。
 この言葉選びのチョイスは倉持陽一(後のYO-KING)さんがすごいな、という。欠点ばかりの女性なのになぜか好きで好きでたまらない、ピタリと相性が合っているというのを表現するのに、「のり弁ののりのように」ですよ! あり得ません。
 普通ならカッコつけたことを言うのに、「のり弁ののり」ですからね。このセンスの良さがわからない人はわからないので、普通に「もっと体裁の良い言葉を選べよ」と思う人もいるでしょうが、私はこうした発想を評価するタイプ。実際、いかにもかっこいい言葉を並べるようにずっと難しいんですよ。
 倉持さんは自分で自分のこと「天才」と言っちゃう人ですけど、このセンスはマジで「天才」だと言わざるを得ません。

2023年4月20日木曜日

生理用品のCMなど…HEY!HEY!HEY!は若い女性向け番組だった?

■2022/09/16 生理用品のCMなど…HEY!HEY!HEY!は若い女性向け番組だった?
■2019/09/10 真夜中に延々とCD垂れ流し番組…アーティスト的に迷惑じゃ?

■2022/09/16 生理用品のCMなど…HEY!HEY!HEY!は若い女性向け番組だった?

 古いビデオテープに『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』が入っていました。フジテレビ系列で1994年10月17日から2012年12月17日まで放送されていた音楽バラエティ番組。ダウンタウンが司会を務めており、彼らとのトーク時間が長く、それが特徴の歌番組でした。
 見返してみると、当時も薄々不思議に思っていたような気がするのですが、明らかに若い女性向け…というコマーシャルが多くてびっくりしたんですよ。

 例えば、今は「ユニリーバ・ジャパン」と名前を変えたイギリスに本拠を置く洗剤・ヘアケア・食品・トイレタリー用品メーカー・ユニリーバの日本法人、日本リーバのシャンプーのCM。シャンプーはそもそも女性向けが多いのですが、若い外国人女性の出るコマーシャルで明らかに女性向けの内容です。
 それよりわかりやすかったのが、ユニ・チャームによる生理用品系のコマーシャル。これはもう明らかに若い女性をターゲットにしたものですね。男性が見ると、ちょっと気まずくなってしまうような内容です。

 一方、番組ゲストは必ずしも若い女性向けという感じではなかったんですけどね。男性視聴者も多かったはずで、ちょっとコマーシャルと視聴者でミスマッチなところを感じさせました。
 ただ、スポンサー側・制作側としては、若い女性をメインターゲットのひとつとして考えていたのかも。前述の通り、ダウンタウンのトークが特徴の番組であり、ダウンタウン自体が若い女性のファンが多かったのかもしれません。
 今は右翼かヤクザか…といった感じの風貌になってしまった松本人志さんですが、ビデオの回ではちょうど観客の若い女性から「まっちゃん、かっこいい」と声をかけられている場面がありましたのも、若い女性狙いなのかな?と感じさせるところでした。

■2019/09/10 真夜中に延々とCD垂れ流し番組…アーティスト的に迷惑じゃ?

 北海道のFM AIR-G' で昔深夜に、時折女性の英語での短いしゃべりだけで、あとは延々とアルバム曲を垂れ流している番組がありました。著作権的には問題ないのかもしれないんだけど、どうなの?という番組。確かヒートアイランドストーリーという名前。
 今はないんだろう?と思って番組表を見たら、 それっぽいのを発見してびっくり。検索してみると、Wikipediaに説明がありました。

<MUSIC PATIO(ミュージックパティオ)は、FM北海道(AIR-G')で放送されているノンストップミュージック番組。事実上、深夜・早朝のフィラーとなっている>
<「Sound Cube」の後継番組。30分ごとに区切られたノンストップミュージック番組である。また、アーティスト特集の形としてその人物の楽曲を連続放送する場合が多い>

 上記のフィラーというのは、テレビ局やラジオ局が、放送番組と放送番組のあいだの時間に、埋め合わせのため放送する映像・音声のこと。要するに穴埋めです。今でもやっているんですね。
 以前 ヒートアイランドストーリーで検索しても出なかったんですが、タイトルが微妙に間違っていたためでWikipediaがありました。

<ノンストップミュージック番組であるとおり番組内容は、開始と終了の英語アナウンスがある以外は早朝まで音楽をかけ続けるだけでCMの放送は一切なし。北海道新聞(道新)のラジオ欄には「ヒート・アイランズ」と表記されていた。 2003年ごろに番組タイトルを「Sound Cube」にタイトルを変更して放送しているが番組内容は基本的に同じである>

 「Heat Islands Story」から「Sound Cube」に。「Sound Cube」から「MUSIC PATIO」になったようです。
 どうなんだろう?と書いたのですけど、実を言うと非常にお世話なっていました。フルコーラスでたっぷり聞けますからね。これで知って気に入ってCDを買ったこともあり、もしかしたらアーティスト側にも利益があるのかも。
 ただ、私が聞いていたときは前述の通り英語で何言ってるかわかりませんし、アーティスト紹介がなかったか、もしくは聞き取れなかったか。なので、アーティストの特定が非常に難しかったです。今ならこれも著作権的にグレーな感じの歌詞掲載サービスがあり、大部分特定できそうなんですけど、当時はそんなものありませんでした。わかりやすい曲紹介なしでは購買に繋がりませんし、やっぱ良くない番組でしたね。 今はどういう形になっているんでしょう…。

2023年4月13日木曜日

石井聖子の母・坂本スミ子、デビュー当初は全く売れず…

■2019/08/31 見に覚えのないテープの録音、石井聖子って誰?
■2022/08/22 石井聖子の母・坂本スミ子、デビュー当初は全く売れず…

■2019/08/31 見に覚えのないテープの録音、石井聖子って誰?

 メモが行方不明のラジオテープの整理。曲名書いていないので全然わからんし、特に好きだった覚えのない曲が入っていて、歌詞で検索してみたら、石井聖子のGift という曲。しかし、判明したのに、アーティスト名に全く覚えがないという珍しい事態に…。
 検索してみると、かなりCD出していますね。全然すぐ終わったアーティストではない模様。だんだん「そういやいたかな」という気がしてきました。

 Wikipediaによると、母親は「ラテンの女王」の異名を持つ歌手で女優の坂本スミ子さんだとのこと。この人も知りませんし、たぶんこのことは当時も知らなかったと思います。「火のような音楽」と評される母親の坂本スミ子と対照的に「水のような音楽」と評されるとのことで、テープもゆったりとした優しい曲。今も昔も好きなタイプじゃないので、なんで録音していたのかと不思議です。ただ、以前はよほど嫌いじゃない限り録音してましたからね。メモしているテープ時代だけで通し番号が600以上になっていました。

 さらにWikipediaの続きを読むと、フジテレビ系深夜番組「Simple Plan」のオーディションを経て、同番組に関わる岡本真夜がプロデュース・作詞・作曲するシングル「ANNIVERSARY」で、1996年9月20日にポニーキャニオンよりデビューとのこと。そういやアニーバーサリーって曲はあったかも!と思いました。この曲名は聞き覚えありますわ。
  私のテープに入っていたGiftという曲はシングルではなく、アニーバーサリーも入っている1stアルバムからだったようです。高橋洋子さんの作曲で岡本真夜さんではありませんが、岡本真夜プロデュースと言われると雰囲気似ている気がしてきました。個人的には特別好みではないですけど、Giftもシングルにして良いくらいの良い曲ですね。

■2022/08/22 石井聖子の母・坂本スミ子、デビュー当初は全く売れず…

 石井聖子の母・坂本スミ子を全然知らなかったので、こちらのウィキペディアも読んでみました。

<坂本 スミ子(さかもと スミこ、本名:石井 寿美子、旧姓:坂本、1936年11月25日 - 2021年1月23日)は、ラテン・歌謡曲の歌手、俳優。愛称は「おスミ(さん)」。異名は「ラテンの女王」>

 学生時代から発声をクラシックの木下保のもとで学び、NHK大阪合唱団を経て、大阪キューバン・ボーイズの近藤正春の勧めもありラテン歌手として独立してデビュー。ここで売れたんだな…と思ったら、「当初は歌手として全く売れなかった」とのこと。売れるようになったのは、海外の音楽グループの前座を務めてからだそうです。今はこういうタイプの売れ方あんまり聞かないですね…。

<1959年12月にアイ・ジョージと共にトリオ・ロス・パンチョス日本公演の前座歌手となり、「ラテンの女王」として一躍名が知れて人気歌手となる。宝とも子らと共に1961年から始まったテレビ番組『夢であいましょう』で主題歌を歌い、NHK紅白歌合戦に1961年から1965年まで5回連続出場した>
 

2023年4月10日月曜日

ASPARAGUSには、元CAPTAIN HEDGE HOG、元ナイスマーブルス、元SHORT CIRCUITなど

■2022/04/09 ASPARAGUSには、元CAPTAIN HEDGE HOG、元ナイスマーブルス、元SHORT CIRCUITなど
■2022/06/07 ショートサーキット派とショートカットミッフィー派、あなたはどっち?

■2022/04/09 ASPARAGUSには、元CAPTAIN HEDGE HOG、元ナイスマーブルス、元SHORT CIRCUITなど

 バンドのASPARAGUS(アスパラガス)って変な名前。店頭で「ASPARAGUS」という字面を見ている分にはなんてことなく、当時はあまり気にしていなかった気がするものの、発音すると途端になんじゃこりゃ?という。何しろ野菜のアスパラ(アスパラガス)と同じですしね。
 念のために野菜のアスパラガスのつづりを検索。「Asparagus」でした。たぶん同じですよね。

 ところで、このアスパラガスの曲を友達のところで聞きました。アルバムの中の1曲聞いただけなんだけど、なんか印象と違ってびっくり。コアかパンクだったような気がしていたのですが、かなりポップで結構好き。ジャンルに迷いますが、私のイメージ的にはギターポップみたいな感じ。
 Wikipediaだとどう書いているか?と見てみると、「スリーピースロックバンド」という書き方。さらに右のジャンルを見ると、以下のようにいろいろありますね。しかし、私が思ったギターポップなんてのはなく、むしろコア系な名前。うーん、これ、コアなんかな~?

ロック
インディー・ロック
ポストパンク
メロディック・ハードコア
エモ
オルタナティブ・ロック

 Wikipediaでは、以下のような説明で、2ndアルバム「KAPPA I」、3rdアルバム「KAPPA II」を同時リリースという妙なことをやっていたそう。私がちょっと聞いたのは、たぶんこのうちの「KAPPA I」ですね。あと、このうち1枚が、Hi-STANDARDのPIZZA OF DEATH RECORDSから出ていたそうで、ここからしてもパンク・コア系って感じでした。

<3P3B Ltd.内に自主レーベル「STACKERS」を設立し、同年11月11日に1stアルバム「Tiger Style」をリリースする。2004年には、2枚のアルバムを自主レーベルのSTACKERSとPIZZA OF DEATH RECORDSより同時リリースするというインディーズ界では初めての試みを行い、初めての全国ツアーを成し遂げる>

 あと、<2002年2月に元CAPTAIN HEDGE HOGの渡邊忍(vo, g)、元ナイスマーブルスの山下潤一郎(b)、元popcatcherの一瀬正和 (ds)が集まり、横浜にて結成>というメンバー説明でもびっくり。元CAPTAIN HEDGE HOGだったってのは覚えがありませんでした。
 CAPTAIN HEDGE HOGは確か視聴で聞いて1曲だけものすっごい大好きだったのに、他がそうでもなくて、この1曲だけのために買うか買わないかとさんざん悩んで買わなかった…はず。
 ただ、これ、別のバンドの逸話かも。もう一つ、同時期にキャプテンなんとかってあった気がするものの、思い出せません。そっちと勘違いしていたらすみません。なんかちょっとダンサブルな曲に混じって、メロディが良い曲があってそれだけ好きだった記憶があるので違うような気がしてきました…。
(「キャプテン」がつくユニットかバンドは他にないかと検索すると、キャプテンストライダムが出てきましたが、彼らはもっと後ですし、私が勘違いしているかも…というバンドではありません。本当思い出せない…)

 メンバーの元所属では、「popcatcher」だけ聞いた覚えすらないないです。「ナイスマーブルス」は名前だけは覚えています。正直全く覚えていないですが、ポップだった記憶。私が今回聞いたASPARAGUSの曲のポップさから言うと、一番イメージが近いですね。
 2006年に、この元ナイスマーブルスであった山下潤一郎が脱退後、翌年1月25日に、元SHORT CIRCUITの原直央を新ベーシストとして迎えたという話もありました。原直央加入前なのですが、SHORT CIRCUITの方がさらに今回聞いたASPARAGUSの曲にイメージ近い…と個人的には思いました。そっくりってことはなく、今回出た3バンドの中では…ってことですね。


■2022/06/07 ショートサーキット派とショートカットミッフィー派、あなたはどっち?

 アスパラガスを聞いた日には、後にアスパラガスにメンバーが加入するSHORT CIRCUIT(ショートサーキット)の曲も聞きました。同じ「ショート」がつくバンドではショートカットミッフィーの方が好きで買っていたはずで、たぶんダンボールから出てくるんじゃないかと思うのですが、SHORT CIRCUITの方は買ったことなかったです。友達が買っていた覚えもなかったので、今回買っていたんだ!とびっくり。買った曲はだいたい全部聞かせてもらっているので、たぶん以前も聞いたんでしょうけど。

 SHORT CIRCUITはなんかメロコアみたいな記憶あったんですが、全然違いました。ちょっと切ない感じですね。なんだろ、これ?
 Wikipediaではジャンル何かな?と見たら、そもそもWikipediaがありません。で、他を検索してみると、結局、メロコアで合っていた模様。以下のような記述がありました。なんだ、これもメロコアという分類なのか。「全然違いました」と書いたら、全然違ってませんでした。むしろど真ん中。うーん、こういうジャンル分けがなかなか覚えられません。

<青春街道を爆走するような青臭い熱血ナンバー満載のこの作品に、メロコア・キッズ&ガールズは失禁しそうになった(ハズだ)>
(Short Circuit(ショート・サーキット)の情報まとめ | OKMusic より)
https://okmusic.jp/Short%20Circuit

 「青春」や「青臭い」というキーワードはわかりますね。ちょっと切ない感じ。あと、なんだか下手なようにも聞こえちゃうところもあるので、そこらへんも青臭い感じ。
 キャプテン・ヘッジ・ホッグと同じ<3P3B>に所属していたとされていました。それぞれのメンバーが参加したASPARAGUSも<3P3B>なので、ここらへん繋がりまくっていますね。
 その他、SOBUT、リーチ、サム、ハスキング・ビーなどをサポートしていたということで、ジャンル的に近いんだ…という感じ。SHORT CIRCUITより激しいイメージあるバンドも含まれていますけどね。今回聞いたSHORT CIRCUITはかなりゆったりでした。

2023年4月7日金曜日

根岸孝旨のプロデュース好きすぎ…the PeteBest、くるり、Coccoなど

 ■2019/08/30 根岸孝旨のプロデュース好きすぎ…the PeteBest、くるり、Coccoなど
 ■2019/08/30 ELLEGARDEN、the pillows、ストレイテナーと親交があるバンド

■2019/08/30 根岸孝旨のプロデュース好きすぎ…the PeteBest、くるり、Coccoなど

 メモをなくしたテープの整理。イントロ聞いて、あっ!とすぐわかったのがピートベスト。ただ、曲名がさっぱりだったため歌詞で検索。ウェブではピートベストレベルで既にもうマイナーなのか、ちょっと出づらかったんですが、それでも出ました。で、びっくり。一番好きなメジャーデビュー曲の「24・7 ~Super Sonic Shoes~」でした。あれ、そうだっけ?という。
 今聞いて好きじゃないってことではなく、やっぱり大好きだなという感じ。ただ、もっと 「24・7」は速い曲だと思いこんでいたんですね。今聞くと、結構ゆったりだなと。

 Wikipedia見ていて、そういや根岸孝旨さんのプロデュースだったことも思い出しました。根岸孝旨さんのプロデュースは他も好きだった気がしてWikipedia見ると、大量に出ていてわけわかりません。見る前から覚えていたのはCoccoだけ。見て思い出したのはくるりとグレープバインと一青窈。まあ、この中ではグレープバインだけ正直言うと、全然好きではなかったんですけど…。良いバンドですけどね。
 根岸さんのはWikipediaではプロデュースだけでなく、編曲を手掛けた人も混ざっていて 本当すごい量。エレファントカシマシやCOILなど好きなバンド入っていますね。私も知っている古い人が多い感じです。
 あと、これ見ていて気づいたのですけど、プロデュース・編曲歴のリストではthe PeteBestだけ2回登場していて笑いました。五十音順で「ざ」と「ぴ」両方に書いちゃったミスですね。ただ、知名度が低いからこそ見過ごされているミスなのかな…と思ってしまいました。

■2019/08/30 ELLEGARDEN、the pillows、ストレイテナーと親交があるバンド

  あと、ピートベストのWikipediaでは、親交のあるバンドのうち、特に著名なものとして、ELLEGARDEN、the pillows、ストレイテナーを挙げていました。ピートベストよりぐっと知名度高そうなメンツ。前の2つは文句無しで大好きです。
 ストレイテナーは私がすでに音楽を聞かなくなった時期なんですが、それでも知っています。ピートベストよりずっと有名だと思っていましたが、どうなんでしょう。正直、大好きってことはないです。ただ、バンド系で好みの路線ど真ん中ですので、結構好きな曲もあります。好きではありますね。

 このストレイテナーとピートベストとスプリット盤を 出していたのは知っていて、ストレイテナーがピートベストのファンだったのかな?と思ったのですが、Wikipedia読んで経緯が判明。2001年にはインディーズの若手バンドストレイテナーに目をつけて共同でシングル「DRAGORUM」を制作したとのこと。当時まだストレイテナーは無名だったんですね。この発掘は功績でした。
 あと、 コロムビアに移籍してプロデューサーも根岸孝旨さんから岡野ハジメさんに変わり、それまでのギターポップからミクスチャー・ロックへとバンドの音楽性を変化させたというのも初耳。ストレイテナーとのスプリット盤はその後みたいですが、この共作曲を聞いたときに「やっぱりピートベストは最高だな」と思ったので、音楽性が変わったとわかりませんでした。とはいえ、共作だったので単独じゃありませんからね。その後のピートベストもいつかちゃんと聞いてみないといけません。

2023年4月4日火曜日

渋谷系とスウェディッシュ・ポップとトーレ・ヨハンソンと…

■2019/09/21 スウェディッシュ・ポップのトーレ・ヨハンソンが大好きだと思っていたが錯覚?
■2019/09/21 渋谷系とスウェディッシュ・ポップとトーレ・ヨハンソンと…

■2019/09/21 スウェディッシュ・ポップのトーレ・ヨハンソンが大好きだと思っていたが錯覚?

 トーレ・ヨハンソンのプロデュースの曲が大好きだったと思って、彼のWikipediaを見たのですけど、なんか思ったほど好きなアーティストがいなくて愕然としました。
 また、彼のプロデュースだった覚えがないアーティストも多く、好きであっても、トーレ・ヨハンソンプロデュースの作品が好きだったかどうか不明というパターンもあります。

<プロデュースしたアーティスト>
BONNIE PINK 、JUNIOR SENIOR 、SONO 、mondialito 、アンダーグラフ、 飯塚雅弓 - アルバム「SMILE×SMILE」 、カーディガンズ 、カジヒデキ 、クラウドベリー・ジャム 、シャルロット・チャーチ 、スウェード 、セイント・エティエンヌ 、つじあやの 、トム・ジョーンズ 、ニュー・オーダー 、原田知世 、フランツ・フェルディナンド 、遊佐未森 、Le Couple 、レミオロメン 、中田ヤスタカ(capsule) 、南波志帆

 トーレ・ヨハンソンがプロデュースしていたと知っていて、なおかつ好きだったのはカーディガンズと原田知世くらい。
  つじあやの 、capsuleは大好きでしたが、トーレ・ヨハンソンプロデュースとは知らず。つじあやのはインディーズが一番好きだったし、たぶん当時のプロデュースは違うでしょうね。capsuleは好みど真ん中で「言われてみれば」という感じですが、トーレ・ヨハンソン作品が好きだったかどうかは不明です。
 あと、 遊佐未森 、Le Couple 、レミオロメンあたりも、え、プロデュースしてたの?と驚いたところでした。


■2019/09/21 渋谷系とスウェディッシュ・ポップとトーレ・ヨハンソンと…

 トーレ・ヨハンソンじゃなくてスウェディッシュ・ポップが好きだったのかな…と思ったものの、そちらのリストみたいなものはWikipediaにはなし。
 そして、このスウェディッシュ・ポップからさらに広げます。カーディガンズはスウェーデンのアーティストなのにも関わらず、渋谷系と言われていました。私はcapsuleも渋谷系という認識(実際にはネオ渋谷系と言われているそうな)だったので、本当に好きだったのは渋谷系なのかもしれません。
 この渋谷系ならWikipediaにかなり名前が挙がっており、 ピチカート・ファイヴやユカリフレッシュ、嶺川貴子など大好きなところが見えます。とはいえ、好きめのところが多いものの、そうじゃないものも多くなっていました。どうも音楽的にしっかりしたジャンルではなく、多種多様なアーティストを一緒くたにして呼んでいた模様です。

 あと、ピチカート・ファイヴ系と理解していた中で、ぶっちぎりで一番好きなアーティストがリストになし。確かインディーズだったし仕方ないですかね(でも、ユカリフレッシュもインディーズだったような?)。
 当時から名前をすぐ忘れてしまうアーティストだったので、今も名前が全然思い出せず。私的には覚えづらいんですよ。仕方なく「ドイツ、ピチカート・ファイヴ、コンピレーション」で検索してみると出ました。そうだ、QYPTHONE(キップソーン)でした! ドイツの コンピレーション・アルバム『SUSHI4004』にピチカート・ファイヴ、コーネリアスらと参加していたので、このキーワードで出てくれました。

2023年4月1日土曜日

アーティスト不明の暑苦しい曲、調べたらTUBE前田亘輝で納得

■2019/09/10 アーティスト不明の暑苦しい曲、調べたらTUBE前田亘輝で納得
■2019/09/01 ホットウェーブ出身、堂島孝平が一番有名?こち亀でヒット飛ばす


■2019/09/10 アーティスト不明の暑苦しい曲、調べたらTUBE前田亘輝で納得

 昔やっていた、真夜中にCDそのまままるごと全部聞かせます…的なFMラジオ番組のテープが出てきました。番組表を見ても誰が出るか記載がなく誰のCDが流れるかわからないんですけど、たまに掘り出し物があり、重宝していた番組です。

 今回出てきたテープは、上書きして良い空テープ扱いにしていたのでハズレ回だった模様。聞いてみると、イントロのバンド音はむしろ良かったのですけど、ボーカルが始まると全く好みと合いません。男臭い暑苦しいボーカルと、メロディと歌詞のダサさに苦痛すら感じるほどでした。作品そのものの出来は悪いわけではなく、むしろしっかりしているのですが、いかんせん私の趣味とは合わない…という感じです。

 誰の曲だろう?と全然わからず、歌詞で検索してみると、前田亘輝と出てきました。ああ、TUBEのボーカルさんか! 言われてみるとそれっぽく、暑苦しさにも納得です。
(ちなみに同じ日のその次が広瀬香美。曲はあまりそれっぽいと思わなかったものの、真似できないハイトーンボイスでわかりました。夏のTUBE、冬の広瀬香美って意識した選曲だと思われます)

 ただ、TUBEでは好きな曲もあり、そこまで嫌いというわけでもなかったので、前述のような感想になったことには自分でもびっくり。今回聞いた曲との相性の問題であり、本来はそんなに嫌いなアーティストではない…とフォローしておきます。


■2019/09/01 ホットウェーブ出身、堂島孝平が一番有名?こち亀でヒット飛ばす

 メモが行方不明のテープの整理。鼻にかかった声のポップな男性の曲。特徴あるのでわかりそうで 全然わからず、検索してびっくり。堂島孝平の「微笑がえし」。堂島孝平って特に好きではなくて、むしろ嫌いだったかもしれない…という記憶すらあったので、まさか録音していたとは!という驚きなんですよ。
 当時はなんでもかんでも片っ端から録音していた状態。とはいえ、さすがに大嫌いなのは録音しないので、堂島孝平もまずまずだったのかも。嫌いだったというのは、記憶違いかもしれませんね~。
 また、今改めて聞き直してみると、全然悪くありません。アーティストが誰かわからなかった時点でも特に悪くなかったというのが、堂島孝平だと知ったときの驚きを大きくしていました。

 堂島孝平というと、関東の音楽イベント出身者だった記憶。ヤマハみたいなメジャーなところじゃなくて、他に出身者のいないようなマイナーイベントだったような?
 で、Wikipedia見てみると、。高校在学中に「ヨコハマハイスクール HOT WAVE Festival」で注目されたのがきっかけで、1995年『俺はどこへ行く』で日本コロムビアより18歳でメジャーデビューとのこと。通称ホットウェーブですね。
 あと、全然記憶なかったんですが、1997年には7thシングル『葛飾ラプソディー』がアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のタイアップ曲に。ほとんど見ていませんでしたが、そういやこんな声の曲かかっていたのかも。
 また、長く売れていなかった記憶なので、3年目でこんなでかいタイアップついていたというのは予想外。いろいろと記憶違いがありそうです。